今回は茨城県へ訪問し震災の記憶を辿ってきました。
少し前に書いた風力発電の取材と同日になります。
震災の怖さを風化させず、読者の皆さんが日ごろの備えを再確認してもらえたら幸いです。
サステナブルーの活動はパートナー企業によって支えられています。

【この記事を読むことでわかること】
神栖市の「今」と15年前の記憶 新しく建設された津波避難施設「舎利浜(しゃりはま)生命の丘」の役割と、それがどのように地域の日常に溶け込んでいるか。また、波崎港の漁師さんの言葉から、データだけでは見えない震災の生々しい記憶を辿ります,。
客観的なデータが示す被害のリアリティ 2011年に神栖市を襲った最大6.6メートルの津波や、液状化を伴う「三重複合災害」の実態。そして、今後発生が予測される首都直下地震や南海トラフ巨大地震に対する最新の被害想定と、私たちができる「減災」の具体的な効果について解説します。
世代による「記憶のギャップ」を埋めるヒント 震災を経験した世代と、記憶のない若い世代。それぞれの価値観が形成される時期の違い(世代の辞書)を理解し、恐怖の押し付けではない「伝わるコミュニケーション」のあり方について提案します。

神栖市・舎利浜命の丘と波崎港に訪問

東日本大震災から15年。節目の年を前に、私は茨城県の東端に位置する神栖市(かみすし)6.6メートルの津波に見舞われた場所でもあります。震災の記憶をいかに次世代へ継承し、将来の災害へ備えるか。その現在地を確かめるべく、新しく整備された避難施設と、かつて被害を受けた漁港へと足を運びました。

最初に訪れたのは、2026年3月に竣工したばかりの津波避難施設**「舎利浜(しゃりはま)生命の丘」です。神栖市波崎の海沿いに位置する舎利浜地区は、津波襲来時に約1〜2メートルの浸水が予想される避難困難区域でした。この課題を解決するため、総工費約3億5000万円**を投じて建設されたのが、この人工的な高台です。
現地で目にした「生命の丘」は、標高約5メートルの土地にさらに5メートルの盛土を施した、頂上部分が海面から約10メートルの高さに達する堅牢な施設でした。頂上には約400平方メートルの避難スペースがあり、地区の全住民を上回る約300人の収容が可能です。設備も非常に機能的で、太陽光パネルを備えたあずまや、スマートフォン等の充電設備、さらには備蓄品を収納できるベンチやマンホールトイレまで完備されており、単なる「避難場所」以上の安心感を与える設計となっていました。
しかし、何より印象的だったのは、この施設がすでに**「地域の日常」**に溶け込み始めている光景です。たまたま愛犬と散歩をされていたご婦人に話を伺うと、「静かで景色も良く、お散歩コースに最適なんです」と、柔らかな表情で話してくださいました。3.11を経験した世代にとって、ここはかつての恐怖から命を守るための「砦」ですが、新しい世代やこの場所を初めて訪れる人にとっては、平穏な時間を過ごすための「公園」として映っているのかもしれません。
次に訪れたのは、神栖市の漁業を支える波崎(はさき)港です。15年前、この場所もまた津波の猛威にさらされました。道路の陥没や護岸の破損が相次ぎ、多くの漂流物が散乱したといいます。網の整備をされていたベテランの漁師さんに当時のお話を伺うと、静かな語り口ながらも生々しい記憶を共有してくださいました。 「あの時は、仲間たちの船が3〜4隻もひっくり返ってしまってね。堤防も崩れ落ちて、復旧には本当に苦労したよ」。 穏やかな海面に並ぶ漁船を見つめながら語られるその言葉には、データや報告書だけでは推し量れない、現場に立った者だけが知る「痛み」が刻まれていました。

神栖市のハザードマップによれば、今後30年以内に高い確率で発生が予測される「首都直下地震」や「南海トラフ巨大地震」においても、この地域は津波や液状化の複合被害を受ける可能性があります。新しく作られた「生命の丘」というハードウェアと、漁師さんの胸に深く残る震災の記憶というソフトウェア。この両者が共存する神栖市の景色は、私たちに「備え」の真意を問いかけているように感じます。
震災を知る世代と、知らない世代。実際に目の当たりにした人と、後から聞いた人。その間にある**「経験の差」**をどう埋め、見えない危機をどう「自分事」として捉えてもらうのか。神栖市での取材を通して見えてきた、コミュニケーションの課題について深掘りしていきたいと思います。
【データでわかる】最大6.6メートルの衝撃と、重なり合う「複合災害」の現実

私たちが「生命の丘」の穏やかな景色から目を逸らさずに向き合うべきは、かつてこの地を襲った冷徹な数字の記録です。2011年3月11日、神栖市に到達した津波の最大値は6.6メートルに達しました。鹿島港の5.7メートルという記録と比較しても、地形や遡上の影響により、市内でも場所によってより高い波が押し寄せたことが分かります。
特に被害が顕著だった居切(いぎり)地区では、地表面から1.5メートルから1.76メートルの浸水痕が確認されています。これは成人男性の肩口から頭部が隠れるほどの高さであり、単に「足元を濡らす」レベルではない、人の命を容易に奪い去る水の塊であったことを物語っています。実際に、茨城県全体では浸水面積が17.6平方キロメートルに及び、津波による死者・行方不明者は計25名を数えました。
しかし、神栖市の震災被害を語る上で欠かせないもう一つのデータが、「液状化現象」との複合被害です。神栖市は大規模な臨海工業地帯を抱え、砂質の地盤が多い特性があります。震災時、津波の襲来とほぼ同時に広範囲で激しい液状化が発生しました。 その影響はデータにも如実に表れています。
- 道路の陥没やアスファルト舗装のめくれ上がり
- マンホールの浮き上がり
- 上下水道の破断
- 鹿島臨海鉄道の路線の断線・歪み
このように、神栖市の事例は「揺れ」「津波」「液状化」が同時に発生する三重複合災害の恐ろしさを証明しています。堤防が崩落し、道路が波打ち、インフラが寸断された状態では、迅速な避難がいかに困難であったか。この「想定を超える事態」が15年前に現実に起きたという事実は、ハードウェアとしての避難施設の整備がいかに重要であったかを裏付けています。
これから起きる「巨大地震」の予測値
では、私たちは今、どのような未来の危機に備えているのでしょうか。政府の中央防災会議が2025年12月に公表した最新の被害想定データは、15年前を上回る衝撃的な数値を提示しています。
今後30年以内に70%の確率で発生すると予測されている**「首都直下地震(マグニチュード7.3想定)」**では、死者約1.8万人、全壊・焼失棟数約40万棟、経済被害は約83兆円に上るとされています。2013年の前回想定と比較して、建物の耐震化が進んだことにより死者数は減少傾向にあるものの、依然として甚大な規模であることに変わりはありません。
さらに、広域にわたる壊滅的な被害が危惧される**「南海トラフ巨大地震」**についても、茨城県沿岸部は他人事ではありません。震源域が離れているため揺れそのものは震度5強から6弱程度と予測されていますが、問題は津波です。関東地方から九州地方にかけての広い地域で10メートルを超える津波が想定されており、茨城県沿岸部もその警戒域に含まれています。また、高層ビルを大きく揺らし、エレベーターの停止や家具の転倒を招く「長周期地震動」への注意も新たに求められています。
「備え」のデータが示す希望:減災の可能性
こうした圧倒的な数字を前にすると無力感を抱くかもしれませんが、データは同時に**「備えの効果」**も明確に示しています。 例えば、首都直下地震において適切な対策を講じた場合、以下のような減災効果が期待できるとされています。
- 建物の耐震化: 全壊・焼失家屋を約61万棟から40万棟へ削減(約20万棟の減少)
- 感震ブレーカーの普及: 火災被害の大幅な軽減(焼失棟数約23.9万棟の削減効果)
- 家具の固定: 転倒による死傷者の減少
神栖市が整備を進めてきた「生命の丘」や、既存のビルを「津波避難ビル」として指定する取り組みは、まさにこの減災データに基づいた「最後の砦」です。神栖済生会病院やアートホテル鹿島セントラルといった地域の拠点施設が、避難警報発令時に近隣住民や通行人の命を救う場所として機能するよう配慮されています。
しかし、資料が警告するように、避難施設は「万能」ではありません。
- 距離の問題: 到達までに時間がかかれば、津波に間に合わない可能性がある。
- 想定を超える規模: 設計時の想定を超える津波が来た場合、施設自体が機能しない恐れがある。
- 孤立のリスク: 周囲が浸水し、救助まで長期間孤立する可能性がある。
データが示す結論は一つです。施設というハードに依存するだけでなく、私たち一人ひとりがハザードマップを確認し、非常持ち出し袋を準備し、家族と連絡手段を話し合っておくという「ソフトウェア」の更新が、生存確率を決定づけるのです。震災の記憶をデータとして客観視することは、単なる過去の振り返りではなく、次に必ず来る「その時」に、私たちが愛する人を守り抜くための最強の武器になります。
「世代の辞書」を分かち合う。記憶のない層へ、どう『備え』を翻訳するか

今回の神栖市取材で私が最も考えさせられたのは、避難施設そのものの堅牢さではなく、その場所に流れる「時間の二重性」でした。3.11を営業車の中で鮮明に記憶している私(43歳)にとって、「生命の丘」は、かつて命を奪った海に対する切実な対抗手段です。しかし、そこをお散歩コースとして楽しむご婦人や、これから社会に出ていく今の17歳にとって、この丘は「最初からそこにある穏やかな風景」の一部に過ぎないのかもしれません。
この認識の差は、単なる「関心の有無」ではなく、より根源的な**「世代による価値観の形成過程」に起因しています。心理学や脳科学の知見によれば、人間が「何が正しく、何が重要か」という価値観の土台(辞書)を書き上げるのは、主に17歳前後**の時期だと言われています
17歳の時に見ていた「世界」の違い
10代後半から20代前半にかけて、その時の社会で起きた決定的な出来事が、その人の人生観に不釣り合いなほど大きな重みを持って刻み込まれる現象を「形成期効果」と呼びます。
- 震災を経験した世代: 2011年に多感な時期を過ごした人々にとって、震災は「社会が容易に壊れること」や「命の脆さ」を教える、辞書の最優先ページとなりました。
- 今の17歳: 彼らにとって、2011年はわずか2歳の頃の出来事です。彼らの辞書が今まさに書き込んでいるのは、おそらく震災の恐怖ではなく、進行する温暖化やデジタル社会の不透明さ、あるいは「多様性」という正義かもしれません。
同じ神栖市の海を見ていても、私たちは**「別々の時代に書かれた辞書」**を開いて対話しているのです。漁師さんが語ってくれた「3〜4隻の船がひっくり返った」という生々しい記憶は、震災を「歴史上の出来事」としてしか知らない世代には、文字通りの意味で「翻訳」が必要な言葉なのです。
「自分事」への強制ではなく「ページの共有」を
私たちはよく「風化を防ごう」「自分事にしよう」と呼びかけます。しかし、価値観の異なる相手に自分の記憶を無理に押し付けることは、時としてコミュニケーションの断絶を生んでしまいます。
「サステナブルー」がこれまで大切にしてきた、ホタルの「放置ではなく手入れという共生」や、こどもホスピスでの「友としての寄り添い」という視点は、相手の立っている風景を想像するという観点から生まれています。防災も同じではないでしょうか。記憶のない世代に恐怖を強いるのではなく、「自分の辞書にはこう書かれている」というページを、そっと開いて見せ合うこと。それが「備え」の必要性を翻訳する第一歩になるはずです。
今回の取材で出会った「お散歩コース」としての生命の丘は、実はその理想的な姿を示しているように見えました。
- **ハード(丘)**は、日常の穏やかな風景として、新しい世代の「楽しい記憶」を育む場所になる。
- **ソフト(私たち)**は、その平穏が「かつての痛み」と「未来への願い」の上に成り立っていることを、押し付けではなく、日々の会話の中で分かち合っていく。
結びに:未来へ「余白」を届ける
3億5000万円を投じた神栖市の「生命の丘」には、保存水やトイレ、スマホの充電設備が備えられています。これは、今の私たちが未来の誰かに送った、最も具体的な「メッセージ」です。
データが示す「必ず来る大地震」という危機を前に、私たちは記憶を風化させないために、あえてそれを「日常」へと溶け込ませていく必要があります。 神栖の海を背に立つこの丘が、15年、30年後も「散歩に最適な場所」であり続け、同時に「いざという時に迷わず駆け上がる場所」として機能し続けること。そのために、私たちは自分の辞書を閉じず、異なる世代の新しい辞書に耳を傾けながら、対話を続けていきたい。
私たちが今日、この場所を訪れ、考えたこと。それ自体が、次の世代が書き上げる「新しい日常」への、ささやかな「手入れ」になるのだと信じています。
出典
この記事は、以下の資料および現地取材に基づき構成しています。
- 現地取材: 神栖市舎利浜地区住民、波崎港漁師へのインタビュー(2026年5月3日実施),,
- 神栖市公式資料: 「十年の記録と記憶」、「東日本大震災時の市内被害状況」,,
- 報道資料: 茨城新聞「津波避難高台が完成 神栖・舎利浜地区300人収容」(2026年3月28日)
- 専門データ: 内閣府「首都直下地震の被害想定と対策について(2025年版)」、気象庁「南海トラフ巨大地震で想定される震度や津波の高さ」,,
- 知見・考察: YouTubeチャンネル『考えすぎる葦』「なぜ正義は価値観であり、世代は越えられないのか」(道徳心理学・脳科学の知見),,
あとがき
ライターのあおやんです。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回は神栖回2回目です。この時はGW中でだんだん汗ばんでくるような時期でしたが、駆け抜ける海風が心地よく、いい香りも楽しんできました。
インタビューに対応してくださった、奥様方、漁師の方お忙しいところありがとうございます。
神栖の皆さんの暖かさに触れた回でした。
以前防災について書いた記事はこちら。読んでくださると嬉しいです!
防災を意識しましょう!市川市大洲防災公園お散歩&市川地域防災課インタビュー
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