横浜市の金沢八景、穏やかな平潟湾を望む場所に位置する**「横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち」は、生命を脅かす病気(LTC)を抱える子どもとその家族が、自分らしく過ごすための「第二のおうち」です。ここは、治療を最優先とする病院のような「非日常」の場ではなく、家族と一緒に食事をしたり、お風呂に入ったり、思い切り遊んだりといった、子どもとしての「当たり前の日常」を取り戻し、維持するための場所**として運営されています。
今回の訪問の目的は、現地の取材やスタッフへのインタビューを通じて、この施設が果たす役割や、そこで大切にされている「命のあり方」についての想いを直接伺い、広く共有することにあります。本記事では、現場で見えてきたLTC児を取り巻く社会課題をデータと共に体系的に整理しながら、私たちが生きる上で本当に**「大切にしたいこと」**とは何か、読者の皆様と共に深く考えていきたいと思います。
※今回は思い入れが強すぎてかなりの長文になってしまいました。『「友」として寄り添う。現場の対話から紐解くこどもホスピスの理念』の見出しまでが今回の訪問記になります。
それ以降は深堀りになりますのでお時間が許す方はそちらもご覧くださいませ。

「第二のおうち」を訪ねて:うみとそらのおうちに宿る温もり
施設の各所に込められた想い
うみとそらのおうちの外に広がるのは、穏やかな平潟湾の風景です。シーズン中には、リビングから湾内を進む船を眺めることができ、刻一刻と表情を変える海と空が、訪れる家族の心を癒やしてくれます。

一歩足を踏み入れると、そこには「ホスピス」という言葉から連想される無機質な雰囲気は一切ありません。薬品のにおいもなく、木漏れ日のような光が差し込む明るい空間は、まるで友人宅に招かれたような安心感を与えてくれます。

テーブルは人数に合わせて自由にレイアウトを変更可能です。家族団らんはもちろん、お友達同士で交流を深めたり、一緒にお誕生日ケーキを作ったりと、温かなコミュニティが生まれる工夫が施されています。

多くの子どもたちが望むのは「家族と一緒のベッドで寝て、一緒に食べて、一緒にお風呂に入ること」。ここでは、お子さんも一緒に調理を楽しめるよう、低く設計された水場が用意されています。企業からの食材提供もあり、流しそうめんやバーベキューなど、思い出に残る「食」の体験が可能です。

葉っぱのフレディの名を冠したブランコは、訪れる子ども達の状況に合わせ寝た姿勢のままでも揺れを楽しめる特別な形状です。

この日は近所の子どもたちが「乗せて!」と遊びに来る一幕があり、うみとそらのおうちが地域に愛されていることを見ることができました。

壁面にはスタッフによる手作りの飾りが並び、訪問時は梅雨を控えた5月らしい彩りに包まれていました。施設の公式キャラクター「うみそらっこ」が、子どもたちの遊び場を優しく見守っています。

お部屋の中で真っ先に目に飛び込んでくる大きなぬいぐるみたちは、ここを訪れる子どもたちにとっての大切な「お友達」であり、心を安らげてくれる存在です。

2階の広いスペースを縦横無尽に走り回れるカートは、子どもたちに大人気のアイテムです。

広い壁面はプロジェクターのスクリーンにもなり、大画面でゲームを楽しむなど、遊びの可能性は無限に広がります。

お部屋の明かりを調節するシェードは、子どもが自分で好きな色やデザインを選べるようになっています。「自分で選ぶ」と体験を大切にする、こどもホスピスならではの細やかな配慮です。

天井に設置されたリフトレールにより、車いすを利用するお子さんもスムーズに入浴が可能です。「家族みんなで大きなお風呂に入りたい」という切実な願いを、最新の設備が支えています。


24時間の看病が続くご家族のために、リフレッシュできるサウナ設備も完備されています。ほんのひと時でも自分自身の心と体に向き合える時間は、家族全体の日常を支える力になります。

楽しさだけでなく、安全面も万全です。大型エレベーターや多機能なお手洗いなど、どのような状態のお子さんでもストレスなく、尊厳を持って過ごせる設備が整っています。


入口には、設立を支えた数多くの支援者や企業の名が刻まれています。特に、多大な遺贈寄付をされた石川好枝さんのような、大切な方を想う「志」がこの施設の礎となっています。

ホスピス全体のライトを繋ぐと、夜空の星座が浮かび上がります。これは、設立の原動力となった方、そして亡きお子さんたちの星座をモチーフにしたもの。随所に「人を想う心」が宿っている、まさに愛に満ちたおうちです。

「友」として寄り添う。現場の対話から紐解くこどもホスピスの理念

見学後の質疑応答では、施設の運営理念から、病気を抱える子どもとその家族が直面する過酷な現実、そして社会が今後どのように変わっていくべきかという深い問いに至るまで、多岐にわたりました。
横浜こどもホスピスの根幹:医療・福祉ではない「友」としての寄り添い
当日ご対応くださった伊藤さんは、施設の最も大切な役割として、**「医療の立場でもなく、福祉の立場でもなく、教育の立場でもなく、『友』として寄り添うこと」**を挙げました。これは、管理や指導を目的とするのではなく、一人の人間として、同じ目線で家族や子どもを支えるという強い信念に基づいています。
病院のような「非日常」の場ではなく、本人や家族が「やりたい」と願うことを実現し、自分らしく過ごせる「第二のおうち」であることが、このホスピスのアイデンティティです。
対象となる子どもたち:生命を脅かす病気(LTC)の4つのグループ
ホスピスを利用する子どもたちは、単に「終末期」にある子だけではありません。伊藤さんは、以下の4つのグループに大別される「生命を脅かす病気(LTC)」を抱える子どもたちが対象であると説明しています。
- 本治癒が可能かもしれないが、治療がうまくいかない場合もある疾患(小児がんなど)
- 早期の死が避けられない、あるいは進行性の疾患
- 治療法がなく、症状緩和のみが可能な疾患
- 重症心身障害など、合併症により容態が急変する可能性が高い疾患
大人のホスピスが主に「癌の終末期」を対象とするのに対し、子どもの場合は希少疾患や先天性疾患が多く、その状況で長く成長・発達を続ける子が多いため、ケアのあり方も多角的になります。
子どもたちが教えてくれた「生きる力」と「遊びの価値」
伊藤さんは、看護師として医療現場にいた経験と比較しながら、ホスピスで出会う子どもたちの「生きる力」の強さに感銘を受けたと語っています。
- 病気はその子の一部に過ぎない: 病院では「患者」として見られがちですが、ホスピスでは「好きなものに囲まれ、やりたいことをする一人の子ども」が主役です。
- 「遊ぶことは、生きること」: 亡くなる前日まで遊びたがった子どものエピソードが象徴的でした。激しい痛みの中でも「遊んでたらダメなの」と訴えたその姿は、子どもにとって「遊び」こそが生きる意欲そのものであることを物語っています。
- 大人は絶望するが、子どもは絶望しない: 子どもは常に「今をどう過ごすか」に真摯に向き合い、生き抜こうとする強さを持っています。
家族が抱える孤立と「普通の会話」への渇望
現場で見る親御さんの負担は想像を絶するものです。伊藤さんは、家族が社会的に、そして精神的にいかに孤立しているかを強調しました。
- 相談できない孤独: 自分の親(祖父母)に話せば心配をかけ、友人に話せば泣かれてしまう。そんな気遣いから、親御さんは誰にも本音を話せず、殻に閉じこもってしまいがちです。
- 奪われた「当たり前」: ある親御さんは、スタッフとの何気ない会話の途中で「私はこういう普通の(病気以外の)話がしたかったんだ」と涙を流しました。病院では常に病気の話ばかりになり、一人のパパ・ママとしての日常的な会話が失われている現状があります。
- 38%の現実:データにもある通り、38.0%の保護者が「子どものそばからひと時も離れられない」と感じています。家族全体の日常を維持すること自体が、小児医療の大きな課題です。
社会課題と「見えないケア」への評価
運営面における大きな課題として、「見えないケア」に対する公的支援の欠如が挙げられました。
- 人件費への助成不足: 「さりげなく横に座って日常会話をする」という行為は、家族の心を救う極めて重要なケアですが、医療や介護のような「処置」としての点数がつきません。
- 寄付への依存: 年間約5,000万円かかる運営費の多くを寄付に頼らざるを得ない財政的な心配があります。
- 効率重視の弊害: 社会の仕組みが「目に見える成果」や「数値」を優先するため、寄り添いという時間に対するサポートが得にくい現状を指摘しています。
未来への展望:隔離ではなく「地域との共生」
ホスピスの最終的な目標は、この施設を増やすことだけではなく、**「病気を抱える家族を孤立させない社会」**を作ることです。
- 特別視しない地域づくり: 病気や障害を特別なものとして隔離するのではなく、地域の中で当たり前に存在し、誰もが少し手を貸せるような環境を目指しています。
- 偏見の解消: 「亡くなる子がいく場所」という誤解を解き、子どもたちが尊重され、地域がこの施設を誇りに思えるような啓発活動を続けています。
- 原点回帰: 規模が大きくなっても、常に「家族主導」であり続け、目の前の一人ひとりに丁寧に向き合うというイギリスの「ヘレンハウス」の精神を大切にしたいと語っています。
ボランティアと読者へのメッセージ
最後に、ボランティアの役割について、単なる施設内の手伝いにとどまらない意義を提示しました。
- 「語ること」が最大の支援: 施設に来るだけがボランティアではなく、自分のコミュニティで「こどもホスピス」の意義を誰かに伝えること。それが、孤立を防ぐための強力な「広報」になります。
- 孤立させないためのバトン: 伊藤さんは、社会全体が想像力を持ち、病気の子どもとその家族が「普通の日常」を取り戻せるよう、関わりを持ち続けることを求めています。
LTC(生命を脅かす病気)を抱える子どもと家族が直面する社会課題

横浜こどもホスピスが支援の対象とするのは、**LTC(Life-threatening conditions:生命を脅かす病気)**を抱える子どもとその家族です。医学の進歩により、以前であれば救えなかった命がつながるようになった一方で、重い障害や疾患を抱えながら地域で暮らす家族が直面する課題は複雑化しています。本段落では、ソースに基づき、これらを取り巻く社会課題をデータと共に体系的に解説します。
医療的ケア児の急増と在宅移行の困難
現在、日常的にたんの吸引や人工呼吸器の使用などが必要な「医療的ケア児」は、全国に約1.8万人から2万人いると推計されています,。2005年時点の約1万人から、約15年で倍増している計算になります。しかし、病院主体の「病院モデル」から地域での「生活モデル」への転換は容易ではありません。退院後のサービス利用や自宅のリフォーム、多職種間の連携調整にかかる時間的・精神的負担が、家族に重くのしかかっています。
24時間体制の介護による保護者の疲弊
在宅での生活は、家族による24時間の看護を意味します。厚生労働省の調査では、**38.0%の保護者が「子どものそばからひと時も離れられず、トイレに入るのにも不安がある」**と回答しています,。睡眠不足や心身の疲労は深刻であり、一刻の猶予もない緊張感の中で生活している実態が浮き彫りになっています。
学校以外の「預け先」の圧倒的不足
地域社会において、医療的ケア児を受け入れられる施設は極めて限定的です。同調査によれば、**57.0%の保護者が「学校以外で子どもを預けられる場所がない」**と答えています,。一般の福祉施設やレジャー施設では、専門的な医療ケアに対応できないことが多く、家族が休息を得るためのレスパイト(一時休息)の機会が失われています,。
「きょうだい児」が抱える心理的負担と孤独
病気の子どもを持つ家庭において、健康な兄弟姉妹、いわゆる「きょうだい児」への支援も重要な課題です。きょうだい児は幼い頃から「我慢」を強いられたり、孤独感や不安を抱えたりすることが多いと指摘されています。家族の意識が病児に集中せざるを得ないため、きょうだい児への直接的なケアや、共に過ごす時間の確保が困難な状況にあります,。
多層的な経済的負担(治療費以外の支出)
経済的負担は治療費だけに留まりません。専門医を受診するための交通費や家族の宿泊費、通院に伴う移動費、さらには付き添い看護のための休職・離職による収入減少が、家計を圧迫します。特に親が若年層である場合、資産形成が不十分な時期にこれらの多額の支出が重なることが、家庭の経済的基盤を脆弱にしています。
教育・発達機会の保障における障壁
学校教育の現場においても、医療的ケアへの対応が課題となっています。看護師の確保が困難なことから保護者の付き添いが常態化し、保護者の就労継続を阻む一因となっています。また、体調不良による長期欠席を余儀なくされるケースも多く、病気や治療の制約によって、年齢や発達段階に応じた「遊び」や「学び」の経験が質・量ともに不足しやすい現状があります。
移行期医療(20歳の壁)と制度の谷間
子どもが成長し成人期へと移行する際、主治医が小児科から成人診療科へ変わる「移行期医療」の問題が発生します。特に20歳になると、小児慢性特定疾病医療費制度が終了するなどの制度変更があり、自治体間での支援格差や、適切な受け皿となる成人診療科の不足が、在宅療養の継続を困難にしています。
社会的理解の不足と家族の孤立
重い病気の子どもや家族に対する社会の理解は、未だ十分とは言えません。病院内では「病気の話」が中心となり、日常的な会話を失う親御さんも少なくありません。また、地域社会からの偏見や無理解により、外出を躊躇し、家庭内で「カーテンを閉めて暗闇の中で生活する」ような、精神的な孤立状態に陥るケースも報告されています,,。
こどもホスピス施設の圧倒的な稀少性
現在、日本におけるこどもホスピス施設は、民間運営のフリースタンディング型を含めても全国に数カ所しかありません,。イギリスには40カ所以上のこどもホスピスがあるのと比較すると、日本は国際的に見ても「局所的な提供」に留まっており、地域的な偏りも激しいのが現状です。
寄付依存の不安定な運営基盤
こどもホスピスの多くはNPO法人などによって運営されており、その財政基盤は脆弱です。横浜こどもホスピスの場合、年間約5,000万円の運営費が必要ですが、その多くを個人や企業からの寄付に頼っています,。専門的なケア(「見えないケア」)に対する公的な報酬体系が未整備であるため、持続可能な運営体制を確立することが、施設単独の努力では困難な課題となっています,。
以上のように、LTCを抱える子どもと家族の周囲には、医療・家族・経済・教育・制度が複雑に絡み合った課題が山積しています。これらのデータは、特定の施設や家族だけの問題ではなく、社会全体で支えるべき構造的な課題であることを示唆しています。
私たちは何を「大切にしたい」のか
前段落では、日本における「医療的ケア児」の急増と、彼らを取り巻く制度的な限界や経済的負担といった、冷厳なデータに基づく社会課題を整理しました。これら10の課題は、今の社会が「効率」や「管理」を重視するあまり、こぼれ落ちてしまった家族の切実な叫びでもあります。
最終章となる本パートでは、横浜こどもホスピスでのインタビューや取材を通じて見えてきた、**「病気と戦う時の『優先順位』」という問いについて深掘りします。これは単に医療現場の話に留まらず、私たちが「命」や「日常」の価値をどこに置くかという、極めて普遍的な問いでもあります。あえて「優先順位」という言葉を「大切にしたいこと」**と読み替え、読者の皆様と共に考えていきたいと思います。
「病気を治すこと」と「その子らしく生きること」の境界線
現代医療の至上命題は「病気を退治すること(治療)」です。しかし、横浜こどもホスピスの信念は、医療・福祉・教育のいずれの立場でもなく、**「『友』として寄り添うこと」**にあります。
ここで一つの大きな問いが生まれます。「生きる」とは、ただ生命を維持することなのか、それとも「その子らしさ」を全うすることなのか。 取材の中で、スタッフの伊藤さんは「病気はその子の一部に過ぎない」と語りました。病院という「非日常」の場では、子どもは「患者」という記号で扱われ、治療のために「遊び」や「自由」が制限されます。しかし、ホスピスで出会ったレオ君という少年は、亡くなる前日まで「遊んでたらダメなの」と訴え、痛みの中でもブランコに乗り、笑顔を見せました。
子どもにとって**「遊ぶことは生きること」**そのものです。治療という「優先順位」が、その子の「今この瞬間を生きる喜び」を上回ってしまったとき、私たちは何か大切なものを見失っていないでしょうか。病気を退治することの先に、どのような「その子らしさ」を描くのか。その視点の欠如が、今の小児医療における大きな「空白」となっている事実を直視する必要があります。
「患者本人のケア」と「家族全体の日常」の調和
重い病気を抱える子どもがいる家庭では、生活のすべてが看病中心となり、家族全体の「日常」が崩壊してしまう現実があります。データが示す通り、38.0%の保護者が「子どものそばからひと時も離れられない」という極限状態にあります。
ここで提示したい問いは、**「病気の子どもだけを救えば、その家族は救われるのか」**という点です。 ホスピスを訪れたある親御さんは、スタッフとの何気ない会話の中で、「私はこういう普通の(病気以外の)話がしたかったんだ」と涙を流しました。病院では常に「病状」や「治療」の話ばかりが優先され、一人の父親・母親としての「当たり前の日常」が奪われています。
また、看病の影で「我慢」を強いられる「きょうだい児」の存在も忘れてはなりません。家族全員がバラバラにならず、一緒にベッドで横になり、バーベキューをし、他愛もない会話を楽しむ。こうした**「普通の日常を維持すること」**を支援の優先順位の最上位に置くことは、決して贅沢ではなく、家族が「孤立」から脱するために不可欠な要素です。
「効率的な制度」と「目に見える成果のないケア」の価値
前段落で触れた通り、現在の日本の制度は、医療や介護などの「目に見える処置」に対してのみ対価を支払う仕組みになっています。しかし、ホスピスが最も大切にしている**「さりげなく横に座って日常会話をする」といった「見えないケア」**には、公的な報酬(人件費)が一切つきません。
社会に対して問いたいのは、**「効率や数値で測れない時間に、私たちはどれだけの価値を見出せるか」**ということです。 横浜こどもホスピスが年間約5,000万円という多額の運営費を寄付に頼らざるを得ないのは、この「寄り添いという時間」が、現在の社会システムにおいて「優先順位の低いもの」と見なされているからです。
しかし、代表の田川さんが娘を亡くした経験から語ったように、主治医から「もう何もすること(治療)がない」と言われた後に残された「家族と過ごす豊かな時間」こそが、その後の家族の人生を支える大きな糧となります。効率を優先する社会の中で、あえて「無駄」に見えるような「ただ隣にいる時間」をいかに守り、支えていくか。これは、私たちがどのような社会に住みたいかという選択そのものです。
結論:私たちは何を「大切にしたい」のか
横浜こどもホスピスの最終的な目標は、この施設を増やすことだけではなく、**「病気を抱える子どもと家族を孤立させない社会」**を作ることです。 それは、病気を特別なものとして「隔離」するのではなく、地域の中で当たり前に存在し、誰もが少しずつ手を貸せるような、優しい想像力を持つ社会です。
「優先順位」という言葉は、時に何かを切り捨てる冷たさを伴います。しかし、私たちがこのホスピスの活動を通じて向き合うべきは、切り捨てるための選択ではなく、**「何があっても守り抜きたい、人間の尊厳と日常」**ではないでしょうか。
「病気はその子の一部に過ぎない」。この言葉を社会の共通認識として持ち、治療と生活、効率と寄り添いのバランスを再構築していくこと。その第一歩は、私たちがこの現状を知り、身近な誰かに「こどもホスピスという場所があるんだ」と語り始めることから始まります。
横浜の「海と空」が見えるこの家が私たちに問いかけているのは、他でもない、私たち自身の「生き方」の優先順位なのだと思います。
【参照元一覧】
- 横浜こどもホスピス~うみとそらのおうち 訪問インタビューおよび施設内案内資料(2026年5月27日実施),,
- tvk News Linkオンライン「わが子をみとる最後の時間 小児がんの男の子と寄り添う“第二の家族” / 横浜こどもホスピス うみとそらのおうち」,
- 認定NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト 公式動画「横浜こどもホスピス~うみとそらのおうちができるまで」,
- 認定NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト 公式サイト(https://childrenshospice.yokohama/),
- 厚生労働省「医療的ケア児とその家族の生活実態調査報告書」,
- 日医総研「子どもの緩和ケアを考えるワーキングペーパー」,
- 日本小児科学会「医療的ケア児の在宅移行のための指針」,
- 総務省「医療的ケア児とその家族に対する支援に関する調査」,
- 文部科学省「学校における医療的ケアの対応に関する指針」,
- こども家庭庁(旧内閣府)「グリーフケアの手引き:子どもを亡くした家族への支援」,
あとがき
ライターのあおやんです。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回はインターネットでこどわらフェスを知って、うみとそらのおうちに辿り着くことができました。
当日はわんこと一緒で会場には入れませんのでチケットを購入して応援となりました。

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