この記事でわかること
• 企業の撤退と人口減少が招く「インフラ崩壊」のリアル: かつて数千人が暮らした街が、なぜ「生存困難な場所」へと変貌したのか。
• 「車がない=生存権の危機」という過酷な現実: 買い物、通院、防犯。私たちが当たり前だと思っている日常が、移動手段一つでいかに脆く崩れ去るか。
• データで見る地方消滅の現在地: 医師不足、学校統廃合、伝統文化の消失。数字が示す「一極集中」の代償。
• 私たちが今、向き合うべき「問い」: 2026年3月に一つの街が物理的に消滅する(無人化する)という事実に、私たちは何を学ぶべきか。
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千葉にある廃団地になりつつある場所を訪問してきました。

冬の澄んだ青空の下、私は千葉県内にある「かつての巨大団地」を訪れました。見上げる建物には、びっしりとツタが絡まり、割れた窓ガラスがかつての賑わいの終わりを告げています。かつてここは、1970年代に大手製造メーカー(日立製作所など)の成長とともに、従業員とその家族のために作られた約60棟・300戸近い規模を誇るマンモス団地でした。

かつては「小学校が新設できるほど」の子どもたちの声で溢れていたといいます。しかし現在、この広大な敷地に残っている住民はわずか数名。そして、2026年3月には行政の要請により全ての住民が立ち退き、街は事実上の「無人化」を迎えます。

ご家族の方のお話:家族という「最後のインフラ」
現地で、引っ越しの片付けをしていた高齢女性の家族に話を伺うことができました。
「姉がここに住んでいて、3月いっぱいで終わりなんです。今日は引っ越しの手伝いできています。」
彼女が語る生活の実態は、壮絶なものでした。団地内にあった商店やスーパーは全て閉鎖されており、最寄りのコンビニですら1km以上、スーパーへ行くには車で10分から15分ほど走らなければなりません。

「姉は足が悪くて、自転車も車も乗れないんです。だから、買い物の時は娘さんが車を出して応援(サポート)しています」
公的な交通機関が機能せず、徒歩圏内に商店がない場所で、高齢者が生きていくためには「家族の献身」というプライベートなインフラに頼らざるを得ない。それが現在の、そしてこれからの日本の地方が直面する現実です。

市の職員さんのお話:解体か再活用か、揺れる行政のジレンマ
団地内を見回っていた市の職員の方にも接触しました。
「建物全体がかなり古く、再活用は厳しいのが現状です。解体するにしてもこの広さ(敷地面積)ですから、膨大なコストがかかります。現時点では、解体時期などの具体的な公表はできていません」
市は数年前から住民に対し、市営住宅の紹介や転居費用の交渉を丁寧に進め、少しずつ移転を進めてきたといいます。しかし、行政が「公助」として住まいを提供できても、その土地で長年培われてきたコミュニティや「暮らしの足」までを完全に保障することは容易ではありません。

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データでわかる過疎化の現実
私たちが目にした光景は、一地域特有の悲劇ではありません。統計データは、日本全土で進行する「不可逆的な崩壊」を冷徹に示しています。
医療インフラの格差:救える命が救えなくなる日
この地域を含む周辺エリア(君津医療圏など)の医師不足は深刻です。

• 医師数: 君津市では人口10万人あたりの医師数は95.35人。全国平均の115.99人を大きく下回っています。
• 診療科の偏在: 小児科や産婦人科、救急科の医師が不在、あるいは極端に少なく、救急搬送時には遠距離移動を強いられる可能性が非常に高い状況です。

教育と次世代の消失:半減する子供たち
かつて「小学校ができるほど」だったこの地域の児童数は、昭和60年代(1985年)の約1万2千人から、現在は5千人台にまで半減しています。 子供が消えることは、単に学校が閉まることではありません。それは「お祭り」の担い手が消え、地域の伝統文化や地縁が物理的に絶たれることを意味します。
買い物難民と「移動販売」の限界
市は2023年から移動スーパーを運行していますが、市内39箇所を巡回するそのサービスは、1地点あたりわずか15分程度の滞在です。 週に数回、たった15分の間に買い物を済ませなければならない。これが「車を持たない弱者」に突きつけられた、現代日本のQOL(生活の質)の限界値です。
外部データから見る「限界集落」の加速
ここからは、ソース外の公的データから、日本全体が抱える構造的問題を補足します。 (※以下、外部ソースに基づく情報です。独自に検証することをお勧めします)
1. 限界集落の増加: 総務省の調査(2019年)によると、65歳以上が半数を占める「限界集落」は全国で1万5,000箇所を超えました。これらの地域では、祭事や除雪、冠婚葬祭などの相互扶助が困難になっています。
◦ 参照元:総務省「過疎地域等における集落の状況に関する調査」
◦ 以前に限界集落に訪れたときの記事:東京の限界集落・日原を訪問
2. 一極集中の加速と地方のコスト: 東京都への一極集中が進む一方で、地方では一人当たりのインフラ維持コストが激増しています。水道、道路、公共施設。人口が減っても維持費は変わらず、やがてこの団地のように「放棄」という選択肢が現実味を帯びてきます。
◦ 参照元:国土交通省「国土のグランドデザイン2050」
3. 文化の消滅: 若手の減少により、全国の秋祭りや伝統芸能の約4割が、存続の危機にあるか、すでに簡略化・休止されています。
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私たちはどこで「生きて」いくのか
この記事を最後まで読んでくださったあなたに、いくつかの「問い」を持って帰っていただきたいと思います。
1. 「生存の条件」を誰に委ねていますか? かつて、この団地の住民は「会社(企業)」に生活を委ね、その恩恵を享受してきました。しかし、企業が去った後、街は急激に衰退しました。私たちは、特定の企業や、いつ止まるかわからない公共交通に、自分の生活基盤をどれほど依存させているでしょうか。
2. ときより耳にする「車がないと生きていけない」 「車がなければ病院に行けない」「買い物もできない」。そんな地域において、高齢による免許返納は、実質的に「その土地で生きる権利」を奪うことと同義になってはいないでしょうか。私たちは、車を持たない者を見捨てない社会を、本当に設計できているでしょうか。
3. あなたの街の30年後を、想像したことがありますか? この団地も、50年前は「希望の象徴」であり、最新の憧れの住まいでした。今のあなたの住まいが、30年後にツタに覆われ、野生の動物が徘徊し、スーパーが消滅していないという保証は、どこにあるでしょうか。
4. 「家族」がいない人にとって、この国は「持続可能」ですか? 取材でお会いした方のお姉さんのように、支えてくれるご家族がいなかったら、どうなっていたでしょうか。地縁も、行政のサービス(移動販売など)も、家族の献身には及びません。「おひとりさま」が増える未来において、私たちはどのような「新しい連帯」を作るべきでしょうか。
サステナビリティ(持続可能性)とは、太陽光パネルを置くことやゴミを分別することだけを指すのではありません。
「消えゆく街の、最後の一人をどう守るのか」
この重い問いこそが、これからの日本を生きる私たち全員に課せられた、真の課題なのかもしれません。
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本記事は、千葉県内の某団地における2026年2月の実態調査に基づき構成されています。個人のプライバシーと静かな生活環境を守るため、詳細な所在地については伏せております。
あとがき
ライターのあおやんです。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
今回はレオと一緒の取材旅行でした。
私の住んでいるところは千葉の市川です。
車で1時間ちょいはしるとこういった場所が出てきます。
以前訪れた日原もそうですが、人口減少はそんなに遠い話ではないのかもしれないです。

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